<はじめに>
このSSでは、『リリカルおもちゃ箱』の話はなかったこととなっています。
それをご理解の上、よろしければ続きをお読み下さい。












『わたしの夢』    ―きっかけは……―











わたしの名前は、高町なのは。
わたしには、二つ夢があります。

一つ目は、おかあさんが経営している喫茶店『翠屋』の二代目になること。
二つ目は、およめさん。

この二つの夢は、十年くらい前からわたしが思い描いていた夢。

そして、今日。
二つ目の夢が叶いました。





わたしのお相手の名前は―――

『高町恭也』

―――わたしのお兄ちゃんです。










わたしがお兄ちゃんを好きになったのは何時だったかな……。
単純に『お兄ちゃん』としてなら、物心ついた時から好きでした。
少しいじわるで、でも優しくて、頼りがいがあって……。
おとうさんが生きてたらこんな感じなのかなって、時々思っていました。
そんな気持ちが変わったのは、『お兄ちゃん』から『一人の男の人』として、お兄ちゃんを見るようになったきっかけは……、

―――そう、あの時。



あの時、わたしは落ち込んでいました。
大切なお友達、アリサちゃんがもう絶対に会えない遠い遠い場所へ行ってしまったから……。
アリサちゃんがいなくなったその夜、わたしは泣き疲れていつもより随分早くに眠ってしまいました。

そのせいで、次の朝早起きしてしまったわたしは縁側で空を見上げていました。
遠くへ行ってしまったアリサちゃんのことを想って……。
一緒に遊んだこと、話したこと、色々なことを思い出して……。
わたしの心は、悲しい気持ちと寂しい気持ちで溢れ返っていました。



そのまましばらくの間、わたしが縁側で空を見上げていると、朝の鍛錬から帰って来たお兄ちゃんがわたしを見付けて、黙って隣に座り、私と同じように空を見上げました。
お兄ちゃんはわたしに話し掛けてくるでもなく、空を見上げていましたが、何の前触れもなく突然、

「……何かあったのか、なのは?」

って、声を掛けてきました。
わたしが、突然声を掛けられたことに驚いて何も言えずにいると、お兄ちゃんは顔をこちらに向け、返事を促すようにわたしの目を見つめてきました。
わたしはどう答えるべきか少し悩みましたが、小さく頷いてそれに答えました。

「どうだ、兄で良ければ相談に乗るぞ?」

お兄ちゃんは、わたしが何か悩み事を抱えていると思ったのか、そう言ってきました。
わたしは首を振って、それを否定しました。

「…………そうか。……話したくないなら、別にいい」

お兄ちゃんは、少し間を置いてそう言うと、また空を見上げました。
再度、二人の間に静かな時が流れ出しました。

「……でもな、なのは」

少しすると、お兄ちゃんはまた話し始めました。
でも今度は、空を見上げたままで。

「自分一人で抱え込むのは、なのはの悪い癖だぞ」

お兄ちゃんがこちらを振り向くのと同時に、大きくて硬い掌がわたしの頭にそっと触れました。

「……もし、辛い事や悲しい事があったら誰かに話せばいい。少しは気も晴れる。……少々のわがままなら皆、聞いてくれる。……そんなことで誰もなのはのことを邪魔だとか、迷惑だとか思ったりしない」

お兄ちゃんは、わたしの頭を撫でながら、ゆっくりと語るように言いました。

「いつも、鍛錬のことばかりであまり構ってやれないが、こんなのでも一応はおまえの兄だ。……何かあった時くらいは甘えてもいいんだぞ……?」

気が付くと、わたしはお兄ちゃんに抱き付いて泣いていました。
いつもはあまり聞けない、お兄ちゃんの優しい言葉が嬉しくて……。
微かな、でも優しい笑顔が嬉しくて……。
そして何より、お兄ちゃんの心配してくれている気持ちが嬉しくて……。

どのくらいの間、そうやって泣いていたのかは覚えていません。
一頻り泣き終わって、気持ちが落ち着くと、わたしはお兄ちゃんにアリサちゃんのことを話しました。

お兄ちゃんは黙って、わたしの話に耳を傾けていてくれました。

「……そうか、そんなことがあったのか。……別れとは辛く、悲しいものだからな。特に一生の別れというものは……」

お兄ちゃんはそう言って、どこか遠くを見る様な目をしました。
わたしにはすぐに分かりました。
お兄ちゃんはおとうさんのことを考えてるんだって……。

「でもな、なのは。……そうやって、いつまでもなのはが悲しんでばかりいるとアリサちゃんだって安心できないだろ。
 ……アリサちゃんのことを忘れろと言ってる訳じゃない。
 アリサちゃんとのことは大切な思い出にして、心の片隅に大切に置いておくといい。
 そして、時々思い出すといい。きっとアリサちゃんも喜んでくれる。
 …………兄の言っている意味、分かるか?」

わたしは、お兄ちゃんの目を見て小さく頷きました。

「……おにーちゃんもおとうさんのことは、大切な思い出?」

わたしがそう言うと、お兄ちゃんは少し驚いたような顔をしてから、

「……そうだな、父さんのことは大切な思い出だ。……大切な約束もしたし、色々と大切な事も教えて貰った。
 ……だからこそ今の俺がある、そう思ってる」

「なのははできるか? ……悲しい思いを大切な思い出に変えていくことが……」
「うん!」

わたしは、力強く頷きました。
わたしが早く元気にならないとアリサちゃんも安心できないだろうし、それに笑われちゃうような気がしたから……。

「……いい子だ」

お兄ちゃんは一言そう言うと、わたしが今まで見た事もないくらいの優しい笑顔で微笑み掛けて、頭を撫でてくれました。
きっと一目見たら、どんな女の人でも好きになっちゃうんじゃないか、っていうくらいの笑顔でした。

それはわたしも例外じゃなく、その優しい笑顔に見惚れてしまいました。
胸が『トクン、トクン』と高鳴って、顔が赤くなっていくのが自分でも分かりました。

「……なのは」
「!……な、何? おにーちゃん」

わたしは少しの間お兄ちゃんを見つめて惚けていた様で、呼び掛けられたその声に我に返ると、少し言葉に詰まりながらも何とか答えました。

「……今考えたんだが、明日は幸い休みだ。
 ……なので、俺は明日、妹の親友の墓参りに行こうと思う。……案内を頼めるか?」
「……えっ!」
「それと、そのついでに遊園地にでも行こうと思っている。……どうだ、なのはもついてくるか?」

お兄ちゃんはそっぽを向き、わたしの反応を窺うように、時々視線だけをこちらに向けて言いました。
わたしは突然の言葉に驚きましたが、すぐにその言葉の意味に気付き、照れ屋さんなお兄ちゃんらしいなって思いました。

だから、わたしはいつもの調子で、

「うんっ!」

と、笑顔を浮かべて大きく頷きました。





次の日の朝。

「それじゃ、行って来る」
「いってきまーす」

わたしとお兄ちゃんは、送り出してくれた晶ちゃんとレンちゃんに告げて、アリサちゃんの眠るお墓に向かいました。
途中、おかあさんのお店『翠屋』に寄ってシュークリームを貰って、さらにお花屋さんにも寄って綺麗なお花を買いました。

そして、わたしたちはアリサちゃんのお墓に着くと、まず、その周りを掃除しました。
一通り掃除を終えると、持ってきたシュークリームとお花をお墓に供えて、二人でお墓の前に屈み込み、手を合わせてお祈りをしました。

(……アリサちゃん、おはよう。今日はお兄ちゃんも一緒に来たよ。お兄ちゃんのことは前にお話ししたよね。
 今日はね、お兄ちゃんがここに来たいって言ったんだよ。アリサちゃんに挨拶がしたいって……。
 ……昨日ね、お兄ちゃんに言われたんだ。あんまり悲しんでばかりいると、アリサちゃんが安心できないって。
 ……そうだよね。…………だからね、なのは決めたんだ。もう悲しまない、泣かないって。
 お兄ちゃんが言ってくれた通り、アリサちゃんと過ごした時の事は大切な思い出に変えようって。
 ……この思い出ずっと大切にするから、アリサちゃんもなのはのこと見守っててね。)

わたしは目を閉じて心の中で、アリサちゃんに話し掛けました。
昨日、お兄ちゃんに言われた事を思い出しながら。

それからしばらくの間、わたしはアリサちゃんに話し掛けていましたが、話す事がなくなったのでそっと目を開け、隣にいるお兄ちゃんの方を振り向くと、お兄ちゃんも目を開け、こちらに振り向くところでした。

「……なのは、もういいのか?」
「うん」

わたしたちは、そう言い合ってから立ち上がり、

「……それじゃ、アリサちゃん。また来るね」

アリサちゃんのお墓に手を振って、別れを告げるとお兄ちゃんと並んで歩き出しました。



遊園地に着く頃には、既にお昼近くになっていたので、わたしとお兄ちゃんは入ってすぐに見つけたレストランでお昼にしました。
そして、お昼を食べ終えると、わたしはお兄ちゃんの手を引っ張ってアトラクションに向かいました。

まず初めに、コーヒーカップ。
次にお兄ちゃんの運転でゴーカート。
ジェットコースターにも乗りたかったけど、身長制限で引っ掛かっちゃた(1センチ足りなかった。少しくらい大目に見てくれてもよかったのに……)ので、身長制限のないミニコースターに乗りました。

さらにメリーゴーランド(お兄ちゃんが恥ずかしいからって渋ってたけど、おかあさん直伝の涙目+上目使い攻撃で撃沈。)に乗って、その後も、お化け屋敷とか、バイキングとか、時間の許す限り色んなアトラクションを回りました。

そして、最後は定番の乗り物、観覧車。
お兄ちゃんと二人でゴンドラに乗り込み、向かい合わせに座って、一周する15分の間二人っきりで景色を眺めたり、お話をしたりしました。





遊園地からの帰り道。

お兄ちゃんと二人での初めての遊園地ではしゃぎ過ぎた為か、わたしは足が少し痛くなっていました。
でも、お兄ちゃんに心配を掛けたくなかったので、わたしはできるだけ平静を装って歩いていました。

だけど、こういうことだけは鋭いお兄ちゃん。

「なのは、大丈夫か?」

そんなわたしの様子に気付いたのか、わたしの顔を覗き込む様にして話し掛けてきました。

「ん? ……大丈夫だよ。おにーちゃん」

って、言った途端に、わたしは足が縺れてフラついてしまいました。

「にゃっ!」

お兄ちゃんはフラついたわたしの肩を掴み、体勢を立て直すと、わたしの目をジッと見つめてきました。

「……なのは」
「えーっと、その……、ちょっとだけ疲れちゃった」

お兄ちゃんの視線にバツが悪くなって、わたしは答えました。
すると、お兄ちゃんはわたしの前に周って屈み込み、こちらを振り向きました。

「なのは、乗っていけ」
「……えっ!?」
「……明日からはまた毎日鍛錬だ。あまり構ってやれないかもしれないから、今日くらいは、な……」

突然のお兄ちゃんの行動にわたしが戸惑っていると、お兄ちゃんは照れくさそうにしながら言いました。

「うんっ!」

わたしはお兄ちゃんの気持ちが嬉しくて、抱き付く様にギュッと首に腕を回し、背中に乗りました。

「なのは、あまりきつくすると苦しい……」
「はわわっ! ごめんなさい、お兄ちゃん」

わたしは首に回していた腕を少し緩めました。

「……よし。それじゃ、行くぞ」

お兄ちゃんはそう言って、わたしの膝の裏辺りに手を通すと、立ち上がって歩き始めました。
お兄ちゃんのおんぶは、歩く時の規則的な揺れと、大きな背中の温かさが相まって、とても乗り心地のいいものでした。

「お兄ちゃんの背中大きいね。……それにすっごく温かいよ。…………なんか、眠くなっちゃいそう……」

わたしは、出てきそうになった欠伸を噛み殺しながら言いました。

「……眠っててもいいぞ。責任を持って家まで持っていってやるから」
「…………うん」

その言葉に、わたしの意識は少しずつ薄れていって……、

「…………なのは」

わたしを呼ぶお兄ちゃんの声を最後に、わたしの意識は夢の中へと落ちていきました。





目が覚めると、わたしは自分の部屋のベッドの上にいました。
時計を見ると既に7時を回っていたので、キッチンに向かうため部屋を出て階段を降りていくと、途中でお兄ちゃんと鉢合わせました。

「……なのは、起きてたのか」
「うん。今起きたところだけど……」
「もう皆揃っている、……行くぞ」

そう言って振り返ろうとするお兄ちゃんを、

「おにーちゃん」

わたしは呼び止め、こちらを振り向いたお兄ちゃんに、

「……今日はありがとう」

お礼を言うと、

「……気にするな」

お兄ちゃんは一言言って、歩いていきました。



そして、夕ごはんの時間は、

「どうだった? お兄ちゃんと一緒の遊園地は?」

おかあさんには質問攻めに遭い、

「「……いいなぁ」」
「……ええなぁ」

お姉ちゃんと晶ちゃんとレンちゃんからは羨ましがられ、

「………………」

お兄ちゃんは終始無言で、

「えへへ〜♪」

わたしは幸せいっぱいで過ぎていきました。










あの時、すぐには気付かなかったけど、
わたしはあの時既に、お兄ちゃんに対して『恋心』を抱いていたんだと思います。

今だから分かるその気持ち。
胸に抱いて、大切に温め育てたその気持ち。





―――そして、月日は流れ。
次第に胸の中に収まり切らなくなる、

―――――『愛しい想い』。