『とある午後のひととき』
季節は秋。
空は何処までも穏やかで、雲一つ無く、太陽は届く範囲に柔らかな陽差しを送り続ける。
そんなお出掛け日和の休日だというのに、さざなみ寮の住人の何人かは部屋に篭り、外へ出掛けようとはしないでいた。
それも当然と言えば当然の事。
学生にとっては一大行事でもある、2学期中間テストが翌日に差し迫っているのだから。
そして、それとは無縁の男がここに一人。
さざなみ寮管理人・槙原耕介。
耕介は自身休日だというのに、部屋に篭り試験勉強に勤しんでいる寮生達を労うべく、各部屋にデザートと飲み物を運んでいた。
「それじゃあ、頑張れよ。二人共」
「お兄ちゃん、ありがと」
「耕介さん、ありがとうございますー」
207号室に篭り切りになっている、知佳とみなみにデザートと飲み物を渡すと、耕介は一言声を掛け、ドアを閉めた。
「最後はリスティか。……冷めない内に持ってかないとな」
耕介は呟くと、斜向かいにある204号室―――リスティの部屋へ向かって歩き出した。
コンコン。
耕介はドアの前に立つと、トレイを片手で持ち、軽くノックをする。
すると、程なくしてドアが内側から開いた。
「リスティ、入るぞ」
耕介は一声掛け、中へと入って行く。
「……リスティ、何やってんだ?」
中へ入ってすぐ耕介の目に映ったのは、ベッドに腰掛け、頭の上にウィンディを乗せているリスティの姿だった。
「見ての通りだよ、ウィンディと遊んでる」
リスティは小さく笑みを浮かべ、耕介に向かってそう言うと、右手を頭近くに持っていく。
すると、リスティの頭の上に止まっていたウィンディは、差し出された手の甲へと跳ねる様に飛び移った。
リスティは手に感じた重さでウィンディが無事乗ったのを確認すると、ゆっくりとその手を胸の前へと持っていく。
「……試験勉強はどうしたんだ?」
その一連の様子を眺めていた耕介が、少し咎める様にそう聞くと、
「さっきまでやってたんだよ。……今は休憩中」
リスティは悪びれた様子も無くそう言って、今度は右手を左の肩付近まで持って行き、ウィンディをそこへ移らせる。
「そっか、それなら………………ほら、リスティ」
リスティのその言葉に耕介は少しバツの悪そうな表情をすると、傍まで歩いて行き、デザートと飲み物―――アップルパイと紅茶をトレイごと目の前へ差し出した。
「Thanks、耕介」
リスティは別段気にした様子も無く軽く微笑み、耕介の差し出したトレイを受け取り、膝の上に乗せると礼の言葉を返す。
「それにしても、すっかり懐いてるな」
耕介はリスティの肩に乗っているウィンディを見つめながら、リスティの横に腰掛け、話し掛ける。
「………………」
耕介の言葉に何も返さないリスティ。
それを不思議に思った耕介が、視線をウィンディからリスティの顔へと移すと、そこには口一杯にアップルパイを頬張って声を出せないでいるリスティがいた。
「ははは、何やってんだ、リスティ」
「…………むぐ……む、…………むぐ、むむっ!」
リスティは自分の顔を見て笑った耕介に何かを言おうとしたのだろうが、口一杯に頬張ったアップルパイのせいで、良く分からない言葉を発するに止まっていた。
「何言ってんのか全然分かんないぞ。……ほら、リスティ」
耕介はそう言って、紅茶の入ったカップを手に取ると、リスティの目の前に差し出した。
リスティはそれを受け取ると、口の中の物を流し込む様に一気に紅茶を飲んでいく。
「……ふぅ、危うく死ぬ所だった」
空になったカップをトレイに戻しながら、安堵の表情を浮かべるリスティ。
「大丈夫だったか、リスティ?」
それに対して耕介が言った台詞。
一見心配しているように感じられるが、それが笑いながらでは何の意味も成さない。
「耕介! レディの顔を見て笑うなんて、失礼にも程があるよ!」
そんな耕介を見上げ、睨み据えるリスティ。
「ゴメン、ゴメン。……でもなリスティ、それは勘違いだぞ」
「……勘違い?」
リスティは耕介の言葉に表情を元に戻し、首をかしげる。
「そうだ。 俺が笑ったのはリスティの表情が可笑しかったからじゃなくて、……可愛いな、って思ったからだ」
「………………」
耕介が臆面も無く言ったその言葉に、リスティは無言のまま頬を赤く染め、勢い良く俯いてしまう。
その拍子に肩に乗っていたウィンディは床の上に置かれた籠の上に飛び移り、膝の上からはバランスを崩したトレイが滑り落ちる。
「!……っと」
耕介はそれを何とか受け止め、腰掛けていたベッドから立ち上がると、少し離れた場所にある机の上に置いた。
耕介がトレイを置き、ベッドに戻って来てもリスティは未だ俯いたままだった。
「リスティ?」
そのリスティの顔を覗き込む様にして、耕介は声を掛ける。
「……耕介のバカ。…………ボクがそういうのに慣れてないの知ってて言ってるだろ……」
そう言って、顔を上げたリスティの頬は未だ赤み掛かっていて、その言葉に偽りの無い事を表していた。
「……じゃあ、こういうのはどうだ?」
耕介は少し意地の悪い笑みを浮かべると、不意にリスティの唇に自身の唇を触れさせた。
「………………こ、こ、耕介!」
先程より更に赤く染まるリスティの頬。
耕介はそのリスティの反応を見ると、嬉しげに微笑む。
そして、リスティの両肩をそっと掴むと、そのままベッドへと押し倒した。
「……きゃっ!?」
突然の耕介の行為に小さく悲鳴を上げるリスティ。
「リスティ、……いいだろ?」
耕介は自らもリスティの上に覆い被さる様に倒れ込むと、耳元に口を近付け、囁く様に小さく声を掛ける。
「……だ、ダメだよ、耕介」
普段の落ち着き払った様子からは想像も付かない、慌てた素振りで言葉を返すリスティ。
「何で?」
「……だって、隣にみなみや美緒がいるから」
「みなみちゃんは知佳の部屋で勉強中。美緒は外に遊びに行ってる」
「それに下に聞こえちゃうし……」
「下は俺の部屋だから大丈夫」
「………………」
ことごとく返される耕介の言葉に、拒む理由を失ったリスティは落ち着き無く、辺りにキョロキョロと視線を漂わせる。
「……な、リスティ、いいだろ?」
迷いを見せたリスティに止めを刺す様に、耕介は再度耳元で囁く。
「…………………………」
それにリスティは暫し考え込む様に動きを止めた後、小さくコクリと頷いた。
「………………」
そして、耕介は無言でそれを受け取ると、そっとリスティの服へ手を伸ばしていった……。