えせ関西人の部屋様 70万ヒット記念SS
『据え膳食わぬは……?』 ―改訂版―
―――『ゆめうつし』。
それは妖狐となった久遠の特殊能力の一つ。
己の夢をその傍に眠る者に写し、見せるというもの。
それがごく普通の夢ならば、何の問題も無い。
だが、もしもその夢が………………な夢だったとしたら―――。
そして、そんな夢の犠牲になった者がここに一人。
「…………うわ……、すごいもの見ちゃったわ……」
眠りから目覚め、開口一番解き放ったその台詞。
それは、アリサ・ローウェルの口から零れ出た言葉だった。
「……久遠!」
中空で仰向けに浮かび眠っていたアリサは、その場で横に180度回転。
少し離れた場所で眠っている式服姿の少女の名を呼んだ。
「起きなさい、久遠!」
宙を泳ぎ、久遠の傍までやってきたアリサは、言葉と共に身体を揺さぶるが、当の本人は目覚める素振りさえ見せない。
その後も幾度か身体を揺さぶり、起こそうと試みるアリサだったが、久遠は全く起きる気配を見せない。
さすがのアリサもそれには業を煮やし、一度軽く睨み付け、高度を少しばかり上げると、体勢を整えて―――
「……アリサ・キーーック!!」
久遠の頭目掛け、技の名を叫びながら飛び蹴りをかました。
「きゃいんっ!」
久遠もこれには堪らず、悲鳴を上げると飛び起きる。
「……あんたね……、いたいけな少女に、なんてアダルトな夢を見せるのよ……」
「…………くぅん……」
鬼の形相で迫るアリサに圧されて、蹴られた箇所をさすっていた久遠は耳を折り畳み、反省の意を表す。
「……まあ、いいわ。今更言った所でどうかなるものでもないし。…………で、久遠、一つ質問していい?」
「くぅん?」
「あれって、誰なの?」
「…………弥太。…………くおんのたいせつなひと……」
アリサの投げ掛けた質問に、どこか寂しげな瞳をして答える久遠。
「……大切な人、ね……」
心中察したのか、アリサも神妙な面持ちで頷く。
「……それじゃ、最後に出て来た人は?」
「……さいご?」
「そうよ。……ほら、最後に出て来た全身黒尽くめで、両手に短い刀を持ってた人!」
アリサは小さく頷くと、顔をグッと久遠に近付ける。
「……それ、きょうや……」
アリサの突然の接近と、鬼気迫る表情、口調に圧されて、久遠は身体を少し引き気味に答えた。
「……恭也? どこかで聞いた名前ね……?」
「きょうや、……なのはのおにいさん……」
「あっ、そっか! どーりでどこかで聞いた名前だと思った訳だわ」
アリサは、ポンッと手を一つ突くと、コクコクと納得したように頷きながら呟いた。
そして、改めて久遠の方へと向き直る。
「……ねっ、久遠。もう一つ聞いていい?」
「くぅん?」
「何で久遠の夢の中に、なのはのお兄さんが出て来たのかなぁ?、って思ってね」
小首をかしげた久遠に、アリサは意地悪な笑みをその顔に張り付けて尋ねた。
それを聞いた途端、耳をピンッと立たせ、頬を仄かに紅く染める久遠。
「フフフッ、……やっぱりね。久遠はなのはのお兄さんのことが好きなんだ」
「………………」
久遠は黙したまま何も答えないが、その表情を見ればその沈黙は肯定の意と取ること以外、他に考えようがなかった。
「久遠、一つお願いがあるんだけど……」
そんな久遠の様子をすぐ傍で楽しげに眺めていたアリサが、唐突に口を開く。
「その恭也さんをここに連れて来てくれない? 久遠の好きな人がどんな人か一目見て見たいの。……場合によってはわたしが二人の仲を取り持ってあげてもいいわよ」
アリサのその提案に、久遠は視線を床に落とし考え込んでいたが、
「……きょうや、つれてくる」
一言呟くように言うと、アリサに背を向け、その場を後にした。
久遠が去った後の廃ビルの一室。
「ごめんね、久遠。女の友情なんてものは、恋の前には脆くも崩れ去るものなの」
アリサが零した小さな声は、無機質な壁に響き、部屋の隅にわだかまる闇に溶け、消えていった……。
……パチン。……パチン。
今日も今日とて高町家の庭には、盆栽の剪定作業をこなす鋏の音が鳴り響いていた。
「……ふむ、かなり良くなったな」
自らが整えた盆栽の枝振りを見ながら小さく呟いたのは、ここ高町家の長男・恭也であった。
素人目には三十分程前―――恭也が盆栽に鋏を入れる前と何処が違っているのか全く分からないが、恭也にはそれが簡単に分かるらしい。
盆栽歴数年のキャリアは伊達ではない、と言ったところか。
「……少し休憩を入れるか」
恭也は再度小さく呟くと、手にしていた鋏を盆栽の鉢の脇に置き、縁側へと向かって歩き出した。
―――が、突如何の前触れもなく、歩みを進める恭也の横手の生垣がガサガサと音を立てて揺れ出した。
突然、生垣が動き出すという事態にも表情一つ変えることなく、顔をそちらへと向ける恭也。
するとすぐにその揺れは抑まり、その代わりにそこからは子狐が一匹、吐き出されるように飛び出して来た。
「久遠……」
恭也がポツリと呟いた通り、それは子狐姿モードを取った久遠であった。
久遠は生垣から飛び出した勢いそのままに駆けて行くと、恭也の僅か手前でその胸へ向かい大きく跳躍。
慌てて受け止めようと手を差し出した恭也の腕に収まる前に、一瞬眩い光を発し、その姿を子供モードへと切り替えた。
「……っと! ………………どうしたんだ、久遠?」
突然の変身にも上手く対処し、久遠を抱き止めた恭也は、落としてしまわないよう気を付けながら、そっとその身体を地面へ降ろす。
「きょうや、いそがしい?」
無事、地へと降り立った久遠は自分を見つめる恭也の瞳を覗き込むようにしながら、小首をかしげ問い掛ける。
「いや、特に忙しくはないけどな。……それがどうかしたのか?」
一瞬、先程まで手を加えていた盆栽へ目をやる恭也だったが、元々暇つぶしも兼ねてしていたことだったので、そう答えを返した。
「きょうや、ついてくる」
言うなり、恭也の返事を聞くこともなく手を掴み、引っ張っていく久遠。
「……久遠。一体どこへ行くんだ?」
手を引かれ、何とはなしに歩き出してしまった恭也は当然の疑問を前を行く小さな背中へとぶつけるが―――、
久遠は立ち止まりもせず、振り返って可愛らしい笑みを向けるだけで、何も答えようとはしない。
「…………………………」
仕方なしに手を引かれるまま、無言で久遠の後を付いて行く恭也。
気付かれないように小さく一つため息をついたその背中は、『女性に振り回されるのはいつもの事』と語っているようにも見えた……。
それから幾らか時が流れ―――。
久遠に手を引かれるままに恭也が連れて来られたのは、街外れにポツンと一つだけ佇んでいる廃ビルだった。
無人状態になってから、数年もしくは十数年は経っているであろうその姿は、所々外壁が剥がれ落ち、コンクリートや鉄骨が剥き出し、更には窓ガラスはほとんど全てが抜け落ちており、残っているものも軒並み割られている、というような状態になっていた。
「……久遠、ここに何かあるのか?」
その廃ビルが目前へと迫ると恭也は足を止め、何とも取れない複雑な表情をしながらその姿を見上げる。
だが、先を行く久遠は恭也の問いに答えを返すことも、立ち止まることもなく、歩みを進めていく。
先程からの久遠の態度に、怪訝な表情を浮かべその背を見つめる恭也だったが、結局はそれ以上何も言うことなく久遠の後に付いていった。
以前はオフィスとしてでも使われていたのだろうか。
その頃は一階前面ガラス張りの綺麗な建物だったのだろうが、今は後に残った鋼鉄製の枠だけがその名残で、ガラスを失ってしまったそれは侵入者を拒むことさえ出来なくなってしまっていた。
二人もガラスの無くなった窓枠を易々と跨ぎ、建物の中へと入っていく。
先を行く久遠はまるでピクニックにでも来たかのような軽い足取りで。
後を行く恭也は辺りに視線を這わせ、警戒を怠ることなく。
ビルに入ってすぐ、左手に見えた階段を上階へと昇っていく。
時は昼だというのに、階を上がっていくごとに闇の色が濃くなっていくのは何故だろうか。
やがて、四階のフロアへと辿り着いた二人は、続いて一直線に奥へと続いている廊下を歩いていく。
床に散らばった瓦礫が行く手を邪魔するが、久遠も恭也もそれを苦にすることなく進んで行き、二人はフロアの一番奥にある一室へとやって来た。
その部屋のドアは本来の役割―――部屋と廊下を隔てるその役目さえ果たすことが出来ずに、内側へと倒れ込んでいる。
「……アリサー? ………………アリサー? …………」
中へと入りざま、薄暗く無闇やたらとだだっ広い空間へと声を投げ掛ける久遠。
コンクリート剥き出しの壁に声が反射して、辺りに何度も何度も木霊する。
「…………はーい♪」
やがて、反響する久遠の声が抑まった頃合を見計らったかのように、紅いドレスを身に纏った少女がフワフワと宙を漂いやって来た。
一般人ならばこの場面、悲鳴でも上げて逃げ出そうものだが、そこは若いながらも人生経験豊富な恭也。
先程久遠が突然現れた時よりも驚いてはいるようだが、表情の変化を見てみても、眉間に僅かに皺を寄せただけ。
その目はどこか興味深げに宙に浮かぶアリサを見つめている。
「きょうや、つれてきた」
その傍に佇み、目の前までやって来た少女に笑顔で告げる久遠。
「久遠、ありがと」
軽い口調で礼を告げて、久遠と同様、顔に笑みを浮かべる少女。
「……君は?」
そんな二人の様子を黙って見守っていた恭也が最初に発したのは、誰何の声だった。
久遠が親しげに話すその様子を見て、特に警戒する必要は無いと感じたのか、恭也は少女に対し、いつも通りの口調で尋ねた。
「あたしはアリサ。―――アリサ・ローウェル。……アリサって呼んでね♪」
「……俺は、……」
「知ってるわ。……高町恭也さん。…………恭也って呼ばせてもらっていいかしら?」
「ああ、別に構わないが……」
その言葉にアリサは嬉しそうに二度ほど頷くと、宙を漂ったそのままに恭也の周りをゆっくりと回り始めた。
途中、所々で止まっては頻りに何かブツブツと呟いたり、ジッと恭也のことを見つめたりを繰り返していたアリサだったが、恭也の周りを一周回り終わり、正面に戻ってくると、
「……思った通りね」
すぐ傍にいる二人にも聞こえないような声量で呟いた。
「「?」」
アリサの訳の分からないその行動に、恭也と久遠は頭の上に『?』を浮かべて彼女の様子を眺めている。
だが、当のアリサと言えばそんな二人などお構い無しに、にこやかな笑みを浮かべて恭也の顔を見つめていたが、
「えいっ♪」
突然、可愛らしい掛け声を上げると恭也に向かって飛び掛かり、その腕を首に絡めると体を預け、ぶら下がる様に抱き付いた。
「!!」
「!…………アリサっ!!」
そのアリサの行動には恭也も驚いたが、それに輪を掛けて驚いたのは久遠だった。
恭也にしがみつき、頬にキスをしようと唇を近づけるアリサを殺気の篭った眼差しで睨み付けると、身体の周りに雷を纏う。
「ちょ……、ちょっと待て、久遠!」
これに慌てたのは恭也である。
もし、久遠が雷を放てば、抱き付かれている恭也にもその被害が及ぶのだから無理もない。
「久遠、それをあたしにぶつけたら恭也も一緒に死んじゃうわよ」
「……………………」
恭也の制止の言葉と、アリサの冷静な言葉に我に返った久遠は、身体に纏った雷を少しずつ押さえ込んでいく。
程なくして、久遠が全身に纏っていた雷は治まったが、その余波なのか彼女の周りでは、時折鋭く弾ける様な音がしては、薄暗い部屋の中を閃光が照らしていた。
「ところで久遠。何でアリサに雷を打とうとしたんだ?」
「……へっ?」
久遠が身に纏った雷の治まった頃合を見計らって、恭也が咎めるように言った言葉に、何時の間にか恭也から離れていたアリサはその表情と共に間抜けな声を発した。
「ん? どうしたんだ、アリサ?」
その声に反応して、『何かおかしなことでもあったのか?』といった表情で振り向く恭也。
アリサはしばらくの間、そのまま恭也の顔を見つめていたが、不意に傍に佇む久遠へとその視線を送る。
「……く、久遠………………もしかして…………」
アリサが恐る恐る掛けてきたその言葉に、久遠は一度恭也の顔へ目を向けると、アリサに視線を戻し、沈痛な面持ちで一つ頷いた。
「…………あはは、…………そ、そーなんだ…………」
それに乾いた笑みで答えるアリサ。
二人の少女は目を合わせるといっしょになって大きな大きなため息を一つついた。
「……?」
一人そのため息の理由を理解していない恭也は、頭の上に浮かべたクエスチョンマークもそのままに首をかしげていた。
「……そういうことなら、単純かつ、手っ取り早い方法で勝負を着けようじゃないの。……ねっ、久遠?」
「けっちゃく、つける……!」
「…………決着?」
完全に自分の理解の届かぬところで進んでいく話に、恭也はちょっとした疑問をぶつけてみるが、それは二人にごくあっさりと無視されてしまう。
「……アリサ、けっちゃくつける……どうやって……?」
「今からそれを考えるのよ。……ほら、こっち来て、久遠」
少し離れた場所に漂っていき手招きをするアリサに、久遠は近付いていくと、二人は向かい合って真剣に何事か考え始め出す。
恭也はどこか不満気な表情でそれを見つめながらも、結局何も言わず黙ったままでいた。
それから数分が経ち―――。
黙って二人の様子を伺っていた恭也もさすがに焦れて、痺れを切らし始めたころ。
「……それじゃあ、久遠。こういう方法はどう?」
何か良い案でも思いついたのか、もったいぶるように久遠を呼び付けると、アリサはその耳元に手を当て、恭也には聞こえないように続く言葉を伝え始めた。
……果たして恭也は気付いたのだろうか。
アリサが伝える言葉を聞いていくうちに、久遠の頬が少しずつ赤らんでいったことに。
「久遠。これなら文句ないでしょ?」
「……くぅん」
アリサの問い掛けに戸惑った様子ながらも、一つ頷いた久遠。
それを見て、唇の端に妖しい笑み浮かべるアリサ。
その笑みが、桃子が悪戯を企んだ時に浮かべるものに似ていたのに恭也が気付けば、続く事態は変わっていたのかもしれない。
「久遠、用意はいい?」
「くぅん」
言葉のあとに二人は互いに頷き合い、目線をぶつけ火花を散らすと、ゆっくりとその決意の篭った眼差しを恭也へと向ける。
―――そして、
「Ready ――――― Go!!」
アリサのその掛け声と共に、二人は先程から何か物言いたげに突っ立っている恭也に向かって飛び掛かっていった。
―――その直後。
「……やめろーっ! 服を脱がすなーーーっ!!」
恭也の絶叫が人通りのない、街外れの廃ビル周辺一帯に虚しく木霊したのである……。
<おまけ>
―――そして、結局、勝負の結果はどうなったかと言うと……、
「恭也©」
「きょうや©」
「………………」
……恭也の一人勝ちだったりするわけで。