えせ関西人の部屋様 60万ヒット記念SS
『Present to you 』 ―改訂版―












十月中旬のとある休日。

これ以上ないくらいスッキリと晴れた秋空の下、高町家の縁側では恭也が湯飲みを片手に空を見上げていた。
雲一つない、その空のどこに目をやっているのかは定かでないが、その表情は穏やかで、今という時を平穏に過ごせている、そんな幸せを噛み締めているようにも見える。

しばし時が流れると、空から目を離し、手元の湯飲みに視線を移す。
中に満たされた緑茶の香りを辺りに仄かに漂わせ、程よい温もりを掌に伝えるそれに、恭也は口を付け、中身を喉へゆっくりと注ぎ込む。

「……うまい」

小さな呟きが吐息と共に漏れ出て、天から射す陽の光に溶け消える。

こんなところを家族の誰かに見られでもすれば、『枯れてる』だの何だのと文句を付けられる事請け合いだが、幸い家族は全員外出中で、今、高町家には恭也以外誰もいなかった。

微かな苦味とそれ以上に心地良い香りに酔いしれ、恭也は湯飲みを幾度となく傾けていく。
―――いつしか湯飲みの中は空っぽになっていた。

腰掛けていた縁側のへりから立ち上がると、お茶を汲む為、キッチンへ向けて歩き出す恭也だったが―――


ピンポーン。


リビングのドアに手を掛けた、ちょうどその時。
家内に呼び鈴の音が響いた。

「………………」

恭也は何か言葉を発するでもなく、手をドアノブに掛けたまま、肩越しに背後―――呼び鈴を鳴らした人物がいるであろう玄関へ目を向けた。
まっすぐ伸びた廊下の突き当たり。
そこで右に折れ、少し行った先に玄関はあるのだが、当然のことながら恭也が今いる場所からはそこの様子を窺い知ることはできない。
仕方なしにお茶のおかわりは後回しにして玄関へ向かおうとする恭也だったが、一歩踏み出したところでふと気付いた。
自分が湯飲みを手にしたままだということに。
さすがに湯飲みを手にしたまま出て行くという訳にはいかないので、慌ててその場で反転。
ひとまずリビングに湯飲みを置いてくることにした。


リビングに湯飲みを置いてきた恭也。
人を待たせている身なので、少し足早に廊下を歩いていく。
玄関に着く、僅か手前で再度呼び鈴が鳴った。

「はーい」

それに返事をしながら、恭也は履き物を突っ掛け、引き戸となっている玄関の戸を開けた。

そこには、ワンピース姿の少女が一人。
頭には大きな白い帽子を被っている、というより、乗っけているという表現の方が適切かもしれない。
外見から察するに、歳は妹のなのはと同じくらいといったところか。

見覚えのないその姿に、恭也はこの少女がなのはの学校の友達なのかもしれないと考えた。
妹のなのはは学校の友達を家に連れて来ることが全くと言っていいほどなかったので、そういう考えが導き出されるのはごく当然のことだった。

恭也は瞬時に頭の中でそう結論着けると、声を掛ける為、口を開きかけるが、それより早く少女の方が口を開いた。

「……きょうや、なのは……いる?」

口を開いた少女が発した声。
それは、恭也自身よく聞き知った声だった。

「……その声、久遠か?」

恭也は驚きの表情を顔に映し、まじまじと目の前に立つ少女の顔を見つめた。

恭也が驚くのも無理はなかった。
彼の知る限り、彼女の服装といえば唯一、式服を模したようなものだけ。
そして、もう一つ。
彼女がここへ来る際、人間の姿を取った状態で現れたことは今まで一度も無かったのだから。

「……きょうや……?」

いつもと違う久遠の姿に見入っていた恭也は、彼女の呼ぶ声に我に返った。
服装に向けていた視線を上へと持っていくと、そこには怪訝な色で自分の顔を覗き込む、つぶらな瞳が一対。

「ん? ……どうした、久遠?」
「なのは、いる?」
「ああ、なのはか。……なのはなら晶とレンの二人と一緒に月村の家に遊びに行ったが―――」

再度投げ掛けられた問いに恭也が答えると、久遠の表情は見る見るうちに曇っていき、やがて視線も床に落としてしまう。

「―――どうしたんだ、久遠? なのはに何か用でもあったのか?」

そんな様子の久遠を恭也が放って置くはずもなく、一度切りかけた言葉を繋ぎ直し、その場に屈みこむと優しく問い掛ける。

「……くぅん。……くおん、なみにおこづかいもらった」

一度小さく頷いてから目を上げると、目の前に屈み込んでいる恭也へ話し出す久遠。

「くおん、なのはとおかいもの……いこうとおもった」

言いながら、服のポケットから小さな赤いがま口の財布を取り出す久遠だったが、話し終えるとまたも寂しげに俯いてしまう。
話を聞き終え、小さく考え込む恭也。
だが、それも数瞬のこと。

「どうだ、久遠? 俺と一緒に買い物に行かないか? ……なのはと行くよりは楽しくないかもしれないけど……」

どうする、と恭也が問い掛けるまでもなく、やおら顔を上げた久遠の嬉しげな表情と頭に乗せた帽子がピコピコと揺れていることがその答えを如実に表していた。
 
「くおん、きょうやといっしょ」
「分かった。……それじゃ、ちょっと待っててくれるか? 戸締りをしないといけないから」

先程の落ち込み具合もどこへやら。
元気良く答えた久遠の頭を撫でると、恭也はその場に立ち上がる。

「くぅん。……くおん、まってる」

久遠はそれにもまた嬉しげに微笑むと、回れ右をして少しだけ歩み、戸の脇の壁に背中を預けた。
 
「……それじゃ、さっさとすませるか」

その笑顔に感化されたか、恭也もまた小さく微笑み呟くと、出かける用意を整えるため、奥へと引っ込んでいった……。



それから10分程の時が経ち―――。
恭也が玄関から出てくると、その脇で久遠は先程と変わらぬまま、にこやかな笑みを浮かべ佇んでいた。
よっぽど恭也と出掛けられることが嬉しいと見える。

「待たせたな、久遠」
「くぅーん」

玄関の戸に鍵を掛け終えた恭也が向き直り、声を掛けると、久遠はそれに小さくかぶりを振って答えた。

「それじゃ、行こうか」
「くぅん♪」

―――こうして、二人は高町家をあとに買い物へと出掛けることと相成った。





そして、二人が行き着いた先。
それは駅前に立ち並ぶ建物の中でも一際大きな姿を持つ、デパート『ALCO』だった。

久遠はとりあえず買い物に行くということだけを決めていただけのようで、どこへ買いに行くか、そして何を買うのかさえも何も決めていなかった。
それならばと恭也が考え、連れて来たのがここ。
デパートならば大抵のものは揃っているので、ここを適当にぶらついていれば、その内久遠の欲しいものが見つかるだろうというのが恭也の導き出した答えだった。


だが、それも少し甘い考えだったのかもしれない。
今現在、二人がデパートに着いてから、既に一時間半程が経過していた。
それなのに二人の手には袋の一つも提げられておらず、未だに久遠の買いたいもの探しは続けられていた。

久遠の興味のありそうなところ―――洋服売り場、玩具売り場、果ては食品売り場など、多種多様な売り場を回り歩きはしたのだが、彼女の御眼鏡にかなうものは今の所見つかっていない。

ただただ歩き回るのには、さすがの恭也も疲れを見せ始めていた。
そして、ふと立ち止まり考えて込んでしまう。
どうして女性の買い物はこうも時間が掛かってしまうのかと。

以前に桃子、フィアッセの二人に無理矢理買い物に付き合わされたことを少し思い出す。
その時のことは今、思い出してもドッと疲れが押し寄せてくる思いだった。

日頃から鍛えている恭也は、体力の面でなら家族の誰にも負けない自信があった。
だが、自身はその日朝から晩まで引き摺り回され、精根尽き果て夜の鍛錬を取りやめたというのに、一緒に回り歩いていた二人は家に帰ってからも疲れの一つも見せない。
挙句の果てにはアルコールを摂取したというのに眠り込むでもなく、どんちゃん騒ぎを始める始末。
一体あの細い体のどこにあれだけの体力が隠されているのかと、恭也は疑問を持つと共に、今まで抱えていた自信も失ってしまった。

それ以来、二人に買い物に誘われても頑なに断っていたのだが―――

―――と、そこまで考えたところで、恭也は我に返る。
そして、気付いた。
いつの間にか隣を歩いていたはずの久遠がいなくなっていることに。

慌てて辺りを見渡す恭也。
幸いにも久遠の姿はすぐに見つかった。
歩いてきた通路、今いる場所から少し手前に戻ったところに久遠はいた。

通路の端に立ち止まり、とある店の中を熱心に見つめている久遠。

「久遠、どうしたんだ?」

恭也が久遠の下へ駆け寄り、話し掛けると、

「きょうや。……くおん、あれ、ほしい……」

そう言って、久遠は目の前の店―――小さな雑貨屋の中の一点を指で指し示した。
恭也が久遠の指の先へと視線を移していくと、そこには壁に掛けられた小さな白いリュックが一つ。

「……あれか。………………あの、すいません」

その時、ちょうど近くを通り掛かった店員を恭也は呼び止めた。

「いらっしゃいませ。……いかが致しましたか?」
「えっと、……あの、壁に掛けられた白いリュック。あれ、見せてもらえませんか?」
「はい、畏まりました。少々お待ち下さい」

天井近くの壁に掛けられたリュックを恭也が指し示すと、店員はそれに恭しく応えて、店の奥へ戻って行った。
店員がリュックを取りに行ったのを確認して、レジの前まで移動する恭也と久遠。

しばらくそこで待っていると、先程の店員がリュックを手に二人の前に現れた。

「こちらでよろしかったでしょうか?」

確認の為、そのリュックを二人の前に差し出す店員。

「これでいいのか、久遠?」
「くぅん」

久遠が頷いたのを見て、恭也は視線を店員に移し、『これでお願いします』と告げた。

「お買い上げありがとうございます。お会計、三千円になります」

馴れた手つきで会計の作業を済ませると、店員は恭也の方へと向き直る。
それを受けて、恭也が隣にいる久遠へ目を向けると、彼女は財布を開けようとしているところだった。
久遠が小さな指先でがま口を開くと、その中に見えたのは、…………………………五百円玉がたった一枚だけ。
 
「……久遠。………………それでは買えないぞ……」
「くぅん?」

掛けられた言葉に、久遠は財布に挿し入れようとしていた手を止めると、目線を上げて恭也の顔を見つめ、小首をかしげる。

「つまりだな……」
「あのー……」

恭也が久遠にお金の価値について説こうとすると、ふいに横手から声が掛かった。
その声に顔を向けると、そこには先程から接客をしてくれていた店員が困り顔で佇んでいた。

「……あ……っと、すいません。………………えっと、これでお願いします」

恭也は店員に軽く頭を下げると、慌ててズボンのポケットから財布を取り出し、さらにそこから千円札を三枚取り出した。

「はい、ちょうどお預かりします」

店員は差し出された代金を受け取ると、引き換えにリュックを詰めた紙袋とレシートを差し出す。
恭也はそれを受け取ると、久遠の手を引き、足早に店を後にした。





「きょうや、ありがとう」

雑貨店を足早に後にした恭也と久遠は、そのままデパートからも出て、目の前の通りを歩いていた。
先程、雑貨店で受け取った紙袋を胸に抱いて、恭也にお礼を告げる久遠。
その顔に満面の笑みをたたえて。

「……いや、久遠には俺やなのはや家族の皆も世話になっているからな。……そのお礼だと思ってくれればいい」

きらきらと輝く久遠の瞳に見つめられ、照れ隠しに目を逸らし、早口で返す恭也。

「……おれい?」
「そう、お礼だ」
「おれい…………」
「……どうしたんだ、久遠?」

小さな呟きを漏らすと、突然足を止め、何事か考え込み出した久遠。
勢い余って少し先まで歩いて行ってしまった恭也は、振り返り、久遠の下へ戻って行く。

「きょうや。……くおん、こうえんいきたい」
「公園って、臨海公園のことか?」
「くぅん」
「別にいいぞ。……まだ時間もあるしな」

久遠の突然の申し出を、快く受けた恭也。
何気に取り出した、クリップオンの液晶には『PM4:05』の文字が刻まれていた。





それから幾らか時が流れ、二人は空の端が茜色に染まり始めたころ、臨海公園に辿り着いた。

「きょうや。くおん、たこやきかってくる」

臨海公園に入るや否や、恭也に告げると駆け出していく久遠。
呼び止める間もなく、小さな後ろ姿は少し離れたところに建っているたこ焼きの屋台へ向けて走って行ってしまった。
ふと、お金のことが心配になった恭也だったが、すぐに久遠が持っている財布の中に五百円玉が一枚入っていたことを思い出すと、ここまで来る道すがら預かっていた紙袋を片手に、近くに空いていたベンチを見つけ出し、腰掛けた。
 
(……それにしてもあれだけ喜んでくれるとプレゼントのし甲斐もあるな……)

ベンチに座り、水平線を眺めていた恭也の頭の中に、先程見た久遠の可愛らしい笑顔がよみがえる。

そんなことに思いを馳せていると、先程、遠ざかって行った足音が、こちらへまた近付いて来るのに気付いた。
目を向けると、そこにはたこ焼きの入ったパックを後生大事そうに両手で抱え、歩いて来る久遠の姿。
久遠は程なくして、恭也の下へ歩み寄ると、同じベンチ―――すぐ隣へそっと腰を下ろした。

「きょうや、……はい♪」

ベンチに腰を落ち着けた久遠は、そう言って買ってきたばかりのたこ焼きを恭也の目の前に差し出す。

「ん? ……久遠が食べるために買ってきたんじゃないのか?」
「くおんもなみも、いつもきょうやにおせわになってる。……だから、おれい」

言葉の始めにかぶりを振って答えた久遠のその言い草に、恭也は一瞬きょとんとすると、

「……そうか。それじゃ、頂こうとしようかな」

すぐにその表情を小さな微笑みに変えて、差し出されたパックを受け取った。
それを左手の上に乗せ、蓋を開け放つと、白い湯気が立ち上ると共に、ソースの香ばしい香りが辺りに漂う。
恭也は中に入れられていた爪楊枝を一本取り出し、それをたこ焼きにプツッと刺すと、おもむろに口に運んでいった。

「……うん、うまい」

口の中に広がるソースの香りと、程よい弾力感をそなえた蛸。
そして、細かく刻まれ入れられた野菜の甘みに、ゆっくりと舌鼓を打ちながら、恭也はその呟きを漏らした。

そんな恭也の様子を隣で嬉しそうに眺める久遠。

「どうだ? 久遠も一つ食べるか?」

それを目に止めた恭也は、楊枝にたこ焼きを一つ刺すと、久遠の目の前に持っていく。

「……いいの? きょうや」
「ああ」

恭也が頷くのを見て取ると、久遠は先程にも増して嬉しそうに表情を輝かし、大きく口を開いた。
誤って落としてしまわないように気を付けながら、恭也は久遠の口の中へとたこ焼きを差し入れる。

顔に浮かぶ笑みの形もそのままに、口をもぐもぐと動かし、たこ焼きを食べる久遠。

「……おいしい♪」

喉を通し終えると、幸せそうな表情で恭也を見上げる。

二人はそれから交互に口へ運んでいき、一箱8個入っていたたこ焼きはものの数分と持たずに無くなってしまった。



たこ焼きを食べ終えて、空になったパックを捨てに行った恭也。
ところが恭也がベンチに戻って来てみると、何故か久遠がしゅんとなって落ち込んでいた。
その様子を見て、怪訝な表情を浮かべる恭也に、

「きょうや、ごめん……」

久遠は下を向いたまま、消え入りそうなほど小さな声で呟いた。

「どうしたんだ、久遠? 急に謝ったりして……」

謝られる謂れに心当たりのない恭也は、依然として訝しげな表情を崩さぬまま、ベンチに腰掛けると久遠に尋ねた。

「……たこやき、おれい。……くおん、たべた……」

どうやら、恭也へのお礼として買って来たたこ焼きの半分を自分が食べてしまったことが原因らしい。
久遠が言葉にしたのは、単なる単語の羅列だったが、その言いたい所をすぐに理解した恭也は、

「そんなこと気にしなくていいぞ、久遠。……その気持ちだけでも、俺は嬉しいから……」

軽く頭を撫でながら、優しい言葉を掛ける。
だが、恭也はすぐに自分が発した台詞に少し照れ臭くなり、勢い良くベンチから立ち上がると、

「それじゃ、そろそろ帰ろうか」

顔を上げた久遠に、仄かに赤みが差した自分の顔を見られないようそっぽを向きながら声を掛けた。

「くぅん♪」

ベンチから飛び降りるように立ち上がった久遠。
その横顔に、はや茜に染まりきった陽の光が照り付けて、今日一番のその笑顔はことさら愛らしく輝いて見えた。