<はじめに>
このSSは、皆様が知り得る設定とは多少異なる部分があります。
それでも良いという方のみ、続きをお読み下さい。












『想う心と、温もりと。』   第1話












澄んだ空の青と純白の雲のコントラストが爽やかな休日の午前。
鷹城家に軽やかなベルの音が鳴り響いた。

「はぁーい」

家の奥から元気な女性の声。続いて聞こえてくる足音。
それはドアの前まで来るとパタリと途絶え、代わりにドアノブの立てる乾いた金属音が聞こえてくる。
そして、内から外へゆっくりと開くドア。

「あら、小鳥ちゃん。いらっしゃい」
「おはようございます。おばさん」

開いたドアから顔を覗かせ、微笑み掛けてくれた唯子の母へ、軽い会釈と共に朝の挨拶を返す小鳥。

「あの、唯子いますか?」
「ええ、いるわよ。ちょっと待っててね。今呼んで来るから」

中に入って待っててね、と最後に残して戻って行く唯子の母のその言葉に、小鳥はとりあえず玄関へ上がり、待たせてもらうことにした。



―――それから、間もなく。

「おはよー、小鳥」

玄関脇に飾れていた花へ向けていた目を、聞こえて来た声の方へ移すと、そこには廊下の奥から歩いて来る唯子の姿。
ところが、なぜかその服装はパジャマで、髪もいつものようにポニーテールに結っておらず、下ろしたままの状態。

「おはよ、唯子。……どーしたのパジャマのままだけど? もしかして風邪でもひいたの?」
「にゃはは、違うよ。実はねー、唯子まだ起きたばっかりなんだよ」
「……え? 起きたばっかり?」

目の前まで来た唯子の口から放たれた思いもよらぬその言葉に、少しばかり間抜けとも取れる声を上げて、小鳥は呆然と彼女の顔を見つめる。

「うん。だから、これから着替えて、それから朝ごはん食べて、お腹いっぱいになったら、小鳥とお出掛けってことでいいかにゃ?」

それとは対照的に、子供のような無邪気な笑みを浮かべ、悪びれた様子もなく問い掛けてくる唯子。
その顔を呆れの色混じりの瞳で黙ったまま見つめていた小鳥だったが、やがて視線を床へ落とすと同時に、小さなため息を一つ。
こんな状態の唯子には、例え注意したとしても無駄だということは、今までの経験から分かり切っていること。

「……分かったから、早くしてね」
「ごめんねー、小鳥。ちょーとっきゅーで着替えて、朝ごはん食べてくるから、ちょっと待っててね」

それでも一応は反省しているらしく、唯子は顔の前で小さく手を合わせると、パタパタと忙しない足音を立てて、二階にある自室へと向かっていった。





それから幾らか時が流れて―――。
二人は昨日学校で交わした約束通り、駅前のデパートに赴いていた。
 
春の季節が半ば以上過ぎ、夏の気配が僅かに感じられるようになってきた昨今。
少し気が早いのかもしれないが、小鳥と唯子はちらほらとその姿を見せ始めた夏服を見に、ここを訪れていたのだった。

「ねー、小鳥。これなんかいいんじゃないかな?」
「……んー? どれ?」
「ほら、これだよ。サイズもピッタリだし、唯子は小鳥に似合うと思うんだけどなー」

洋服を選ぶ手を止め、振り向いた小鳥に、『はいっ』と一声、唯子が差し出したのは、白を基調としたごくシンプルなデザインのワンピース。
裾に入った一本のラインと小さな向日葵の花がアクセントになって可愛らしい印象を与えている。
 
「……うーん。でも、これって子供っぽくないかな?」
「そうかもしれないけど、それはしょうがないよー。……だって、ここ子供服売り場なんだもん」

渡されたワンピースを手に取り眺めている小鳥に、辺りを見回しながら零した唯子の言葉どおり、今現在二人がいるのは三階にある子供服売り場の一角だった。
こんなところに二人がいる理由は言うまでもなく。
小鳥の体に合うサイズの服を探すとなると子供服くらいしかないからである。
 
「……わたしだって好きで子供服買ってる訳じゃないんだよ……」

と、言葉の最後にため息を落とす小鳥に、

「小鳥は買える服があるだけまだいいよ。唯子なんかサイズの合う服探すだけでも一苦労なんだよー」

と、こちらは背が高いがために女の子らしい服を見付けるのが難しい唯子。
 
そんなやりとりで、少しばかりテンションの下がってしまった二人だったが、すぐに気を取り直すと洋服選びを再開。

小鳥は唯子が選んだワンピースと、さらにもう一着別のものを。
唯子はサマーセーターを一着と、髪留め用のリボンを一本。

それぞれ買い物を済ませると、二人は小さな紙袋を片手にデパートを後にしたのだった。



「ねー、小鳥。もうすぐお昼だけど、どうする?」
  
デパートを出てすぐの通りを歩きながら。
腕につけた時計に目をやると、唯子は小鳥に尋ね掛ける。
 
その針は、午前11時30分、少し手前を指していた。

「うーん、わたしはどこでもいいんだけど……。唯子はどこかリクエスト…………『翠屋!』……」

少し考えてから、顔を向けた小鳥に、唯子は『待ってました!』と言わんばかりに大のお気に入りの店の名前を挙げた。

「知ってた、小鳥? あそこね、この間季節限定の新メニューが登場したんだよ。
 その名もずばり、初夏のフルーツサンド&特製シュークリームセット!……うぅー、名前聞いただけでよだれじゅるじゅるものだよー」
「……ゆ、唯子。あんまり大きな声出しちゃダメだよ。……変な目で見られちゃうから」

未だ見ぬ魅惑のメニューを脳裏に浮かべ、どこか遠い世界にトリップしている唯子に、小鳥は既にいくつか突き刺さってきている視線を気にしながら、現実に引き戻そうと躍起になっていた。

―――と、その時。

「……まったく、唯子は食べ物のこととなると周りが見えなくなるから困ったもんだよな」

ふいに背後から聞こえて来た、呆れの色に染まった声に二人が振り向くと、そこには―――、

「真くん……」
「あー、真一郎だ」

女の子と見間違うばかりの面立ち、線の細いシルエット。
二人の幼馴染である、相川真一郎、その人が声の色そのままの表情で佇んでいた。

「あれー、真一郎? 今日は確か端島くんとデートの予定じゃなかったの?」
「……誰と誰がデートだ」

人懐っこい笑みを浮かべ、歩み寄ってきた唯子を、ジト目でもって睨みつける真一郎。

「だからー、真一郎と端島くんだよ」

明らかにからかい口調の唯子に、口で言っても無駄と悟ったか、真一郎は無言のまま、その脳天目掛けて手刀を一閃。
―――するが、それはあっさりと唯子に受け止められてしまう。

「ぼーりょくオトコは嫌われるよ、しんいちろー」

受け止めた手をどけながら、なおも調子に乗って続ける唯子。
それを黙らせようと、今度は左手を振りかぶろうとする真一郎だったが、

「ダメだよ、真くん。……唯子もだよ」

その手をいつの間にか、すぐ傍に立っていた小鳥に掴まれ、不満気な表情ながらも仕方ないといった様子で降ろしていく。
軽く咎めるようにねめつけられた唯子も、少しばかりしゅんとなっていて、さすがは精神的にこの中で一番成熟している小鳥と言ったところか。

「ところで、ホントにどうしたの、真くん? 今日は端島くんとどこかに出掛けるって言ってなかった?」
「ん? ……ああ、それがあいつ、急に約束をキャンセルしてきてさ。それで暇なんでこーやってぶらついてたら、たまたま二人を発見して声を掛けた、って訳なんだよ」

二人を諌めてから気を取り直して問い掛けてきた小鳥に、簡単に今までのあらましを説明する真一郎。

「へー、そうだったんだ。……ねっ、真一郎。 唯子たちこれからお昼なんだけど、真一郎もいっしょする?」
「ん? ……もうそんな時間なのか?」
「現在時刻、11時30分だよー」

言いながら、腕につけた時計を真一郎の目に映るように見せる唯子。

「全然気付かなかったな。……朝飯遅かったからあんまり腹は減ってないんだけど……、どーせだし、いっしょさせてもらうかな」
「……よーし。それじゃ、三人揃って翠屋へレッツ・ゴーだよー!」

嬉しそうな笑みと共に上げた、唯子の掛け声に『オー!』と元気良く返す真一郎と、またも周りから向けられてくる白い視線にオロオロする小鳥。

―――そんなこんなで、幼馴染三人組はお昼ごはんを食べるため、翠屋へ向けて歩を進めていくのだった。





三人が海鳴南商店街の中程に佇む、洋菓子屋兼喫茶店『翠屋』の前に着いたのは、それから30分程後のことだった。

カランカランッ。

入り口のドアに取り付けられたカウベルの音が店内に鳴り響き、客の来店を告げる。

『いらっしゃいませ〜』

「……ふえー、いっぱいだねー」
「……だねー」
「こりゃあ、すぐには座れそうにないな……」

そこかしこから聞こえてくる店員の声を耳にしながら、小鳥たち三人は店内を見渡し、口々に呟きを漏らした。

休日の昼時ともなれば店外まで行列が出来ているのが当たり前といった感のある翠屋。
今日はそれが見えないことに喜んでいた三人だったが、中に入ってみれば店内のどこを見回しても席が空いている様子は見受けられない。

三人が客で溢れ返った店内をキョロキョロと眺めていると、近くのテーブルに料理を運び終えた店員が歩み寄ってきた。

「いらっしゃいませ。お客様何名様ですか?」
「……えっと、三人です」
「三名様ですね。少々お待ち下さい」

店員は最後に軽く頭を下げると、店内奥の方へと引っ込んで行く。
三人がそのまま手持ち無沙汰にしばらく待っていると、先程応対してくれた店員が少し歩調を速めて戻ってきた。
 
「お客様。大変申し訳ありませんが、只今御席の方満席となっておりまして。相席となってしまうのですが、よろしいでしょうか?」

申し訳なさそうに伺いを立てる店員のその言葉を受けて、

「俺は別に構わないけど……」
「わたしも。……唯子は?」
「唯子も別にいいよー」

三人はそれぞれ顔を見合わせ、言葉を交わすと、真一郎が代表して、店員へ『相席でいいです』と告げた。

「はい、畏まりました。それでは、こちらへどうぞ」 

そう言ってから、先を歩いていく店員に、三人はその後を一列に並んでついていく。
そして、行き着いた先は店の奥、壁際に据えられた六人掛けのテーブル席の一つだった。

「こちらのお席になります」

店員が掌で指し示したそのテーブル席には、先程の言葉通り、小鳥たちと同年代くらいと思われる少女が二人、既に座っていた。

その内の一人、壁際に座り、顔をこちらへ向けているのは、淡い金の髪が印象的な少し小柄な女の子。
そして、背を向けているもう一人はというと―――、

「あー、みなみちゃんだ!」

先頭を歩いていた唯子の上げた、むやみやたらと大きな声に、おしゃべりを止めて振り向いたのは、

「あれ? 唯子ちゃん。……それに、ののちゃんに相川くんも。 奇遇だねー」

昨年は唯子と真一郎のクラスメイト。そして、今は小鳥のクラスメイトである、岡本みなみだった。