<はじめに>
このSSは阪神さんの書かれた『恭也の新能力』の設定を使わせて頂いています。
まだ『恭也の新能力』を読んだことがないという方は、先にリンクから『えせ関西人の部屋』様を辿り、読み終えてから、こちらを読んで頂いた方が良いと思います。
『恭也の新能力』を読んだことがあるという方は、どうぞ続きをお読みください。











えせ関西人の部屋様 100万ヒット記念SS 
『ひなたぼっこ』












昨晩の雨に濡れたままの木々。
葉の上に乗る雫に陽の光が当たり、それはさながら宝石のように鮮やかに輝き出す。
木々の間をそよ風が吹きぬける度、枝は微かながら揺れ、葉から零れた雫は涼やかな空気を伴って地へ落ちていく。
天に目を向けるとそこは何処までも青が広がり、周りの風景と相まって爽やかな雰囲気をかもし出していた。

そんな、とある休日の昼下がり。
高町恭也は国守山、麓の道を歩いていた。
その格好はいつも通りの黒い長袖のシャツに濃紺のジーンズ。
これから恋人に会いに行くにしてはオシャレの欠片もない格好ではあるが、元が良い恭也にはあまり関係ないことである。

だが、格好などよりもこの場に相応しくないものが一つあった。
それは恭也の表情。
一見普段と変わりないように見えるが、わずかに眉間に寄った皺が恭也の感情をよく表している。
詰まるところ、不機嫌な訳である。

恭也が不機嫌になる理由を作る人物。
それを高町家の中で、と限定すると真っ先に浮かぶのは、恭也曰く『愚妹』『バカ弟子』なる人物だと思う。
そして、それは今回も例には漏れず―――



〜回想〜


「あれ? 恭ちゃん、どっか出掛けるの?」

恭也が自室で出かける準備を整え階段を下りて行くと、一階に下りた所でリビングの方から歩いて来た美由希と鉢合わせた。

「ああ、ちょっとな。何か俺に用でもあったのか?」
「うん。仕合の相手してもらいたかったんだけど、出掛けるなら無理だね……」
「すまないな。前からしてた約束をすっぽかす訳にもいかないからな」
「うん……。………………ねぇ、恭ちゃん」

用事があるのなら仕方ないと素直に頷いた美由希だったが、恭也の様子が普段と微妙に違うのを敏感に感じ取り、再度話し掛けた。

「何だ、美由希?」
「約束って、もしかしてデートの約束? 美緒ちゃんと」
「……む、……確かにそうだが。それがどうかしたのか?」
「へへへ〜。……やっぱりそうだったんだ」

何時もやり込められてばかりの恭也から、(美由希としては)一本取ったことに得意満面の笑みを浮かべる美由希。
そんな美由希の態度が気に入らない恭也は、

「天誅」

小さく呟くと当然の如く美由希の脳天目掛け、握り固めた拳を振り下ろす。
……もちろん『徹』を込めて。

「痛ッ! ……もーっ、恭ちゃん!」
「自業自得だ」

『ゴンッ』と鈍い音を立ててヒットした拳の痛みに、美由希は目じりに涙を溜めながら恭也を睨み付けるが、恭也はそれを何時も通りあっさりと受け流す。
だが、そこに予期せぬ人物が通り掛かった。

「あー! おにーちゃんがまたおねーちゃんを苛めてるー!」

奥からトタトタと軽い足音が聞こえ、非難の声と共に現れたのは恭也にとってある意味、天敵のなのはだった。

「な、なのは……」
「なのは、助けてー。恭ちゃんが苛めるのー」

突然のなのはの出現に慌てる恭也。
そして、それとは正反対にこれをチャンスと見て、なのはを味方に付けようとする美由希。

(……ぐっ、このバカ弟子が……。覚えていろ、夜の鍛錬で地獄を見せてやるからな……)

その美由希に対し、口にこそ出さないものの、その胸の内に微かな復讐心を宿す恭也。
だが、なのはが加わったことで思い切った行動に出ることが出来ないのも同時に分かっている恭也は、

「……では、約束があるのでこれにて失礼する」

そう一言告げると素早く靴を引っ掛け、なのはの呼び止める声にも聞こえないふりで何とか通し、その場を後にした。


〜回想・終〜



こんなことが家の出掛けにあり、その所為で恭也は多少ながら不機嫌だった。

だが、その表情も徐々にさざなみ寮へ近付くにつれ、和らぎ、普段どおりの真顔に戻っていく。
そして、さざなみ寮が視界に映り始めた頃には、美由希にちょっかいを掛けられる前の機嫌の良い状態に戻っていた。

やがて、寮の前に辿り着いた恭也は、開け放たれたままの門を通り抜けると両開きの大きなドアの脇――呼び鈴の前へ立った。

ピンポーン。

恭也が呼び鈴を押すと、固く閉じたドアから寮内に響いたベルの音が微かに漏れてくる。
そして、そのベルの音が緩やかに静まり、掻き消えた頃、今度は寮の奥からパタパタとスリッパの立てる足音が玄関へと近付いて来た。
その足音がドアの前まで来たのとほぼ同時に、ガチャリと派手な音を立てドアが内側から開く。
すると、そこから顔を出したのは、

「はーい、どちら様…………って、恭也くんか」
「こんにちは、耕介さん。美……じゃなかった、……陣内いますか?」
「美緒? ああ、美緒なら今、スーパーに行ってるんだよ」
「スーパーですか?」
「うん、俺がお昼の材料をちょっと買い忘れちゃってね、一っ走り頼んだんだ」
「……はぁ、そうですか」

デートの約束をしていた相手の美緒が不在。
その予期せぬ事態に恭也は顔を僅かに俯かせ顰めると一体どうしたものかと考え込み始めた。

「どうしたんだい、恭也くん?」
「……えっと、実は陣内と会う約束をしてまして。……出来れば帰りを待たせて貰えないですか?」
「ああ、もちろんだよ。……ってゆーか俺としても待ってて貰わないとひじょーに困るんだよね」
「?」

耕介が苦笑交じりに言ったその言葉の意味が分からず、首をかしげる恭也。

「美緒から言われててね。『デートの約束してるから、あたしのいない間にもし恭也が来たら待ってるように言うこと』……って」
「そーだったんですか。でも、それと耕介さんが困ることとどんな関係あるんですか?」
「ははは、実はまだ続きがあるんだよ。……『もし、恭也を帰したりしたら体中爪痕と歯型だらけになると思うよーに』……ってな台詞も一緒に頂戴しててね……」

その時の美緒の表情でも思い出したのか、先程から引き攣り気味の耕介の頬を冷たい汗が一筋、ゆっくりと流れていく。

「………………えーっと、それは……陣内らしいというか、何というか……」

これにはさすがの恭也も返す言葉が見つからず、フォローとも何とも取れないものを返すだけに留まった。
それから少しの間、二人はお互いに顔を見合わせ乾いた笑みを浮かべていたが、

「まぁ、とにかく上がって待っててよ。そんなにしない内に帰って来ると思うから」
「あ、はい。おじゃまします」

ふいに表情を戻した耕介に合わせる様に恭也も返事をし、二人は揃ってリビングへと向かった。



「それじゃ、美緒が帰って来るまでゆっくり寛いでてね」
「はい」

耕介は恭也をリビングへ案内するとお茶とお菓子を用意して、自らはリビングを出て行った。

恭也はせっかく出してもらったものを冷ましてしまっては何だと思い、更には少し喉が渇いていたこともあって、目の前に出された紅茶を取り敢えず頂くことにした。
テーブルに置かれたティーカップを手に取ると、満たされた紅茶を一口口に含み、ゆっくりと喉を通す。
後に残る香りの良さに小さく息を漏らし、続いて小皿に盛られたクッキーに手を伸ばす恭也だったが、その時不意に聞こえた微かな物音にその手を止めた。
あまりに小さな音だった為、その出所が分からずに恭也の視線は辺りをうろつくが、

『恭也さん、恭也さん』

続いて聞こえて来た声に顔を庭へ面したガラス戸へと向けた。
すると、そこには戸の向こう側にちょこんと座り片手(片足?)をガラスに掛けた小虎がいた。
どうやら先程の音は小虎がガラスを叩いた音らしい。

「どうしたんだ、小虎?」

恭也は腰掛けていたソファから立ち上がり、鍵の掛かっていた戸を開けると、その場に屈み込み子虎に話し掛けた。

『ん? ただ通り掛ったら恭也さんの姿が見えたから挨拶だけしておこうかな、って思っただけなんだけどね』
「そうか。……そー言えば、今日は次郎は一緒じゃないのか?」
『じろちゃんは見回りの最中だよ。わたしたちは恭也さんと美緒ちゃんみたいに四六時中ベタベタしてるわけじゃないんだから』
「……いや、俺たちも四六時中はしてないんだけどな」
『ホントに? でも、今日はベタベタするんでしょ? ……だってこれからデートですもんね』
「何でそれを小虎が知ってるんだ?」
『そんなの簡単だよ。その日の朝の美緒ちゃんの様子を見てれば、誰にだって一目瞭然だもん』
「……………………」
『まぁ、それは恭也さんにも当てはまることなんだけどね。……って、その顔を見る限りじゃ思い当たることがあるみたいね』
「ああ、少し……」

出掛けにあった美由希との一幕を思い出し、またも少し曇る恭也の表情。

『何か嫌そうな顔してるけど、別にいいんじゃないの? 二人が似たもの同士のお似合いカップルってことなんだから』
「はぁ……頼むから小虎まで俺をからかわないでくれ」
『フフフ、だって人をからかうのって面白いんだもの。真雪さんやリスティさんの気持ちがよくわかるわ』

心の内で『あの二人の気持ちなんて分からなくていい』と思う恭也だったが、寸でのところでそれを口にするのを止めた。
あの二人―――特にリスティはどこで話を聞いているか分からないからだ。
頭上に浮かんでいたり、突然テレポートで現れたり、場合によっては心の中まで覗き見されるのだからたまったものではない。

『でも、今日は良い天気だからデートにはもってこいよね。……じろちゃんもどこか連れてってくれないかなぁ』

窓際から離れ、縁側の先に座り込んだ小虎は、スッキリと晴れた空を見上げながら小さく呟いた。
それに釣られるように縁側へ出た恭也は、そのへりに腰を落ち着け、ゆっくりと空へ目を向ける。
仰ぎ見た空から照りつける陽の光に、眩しげに目を閉じる恭也。

昼下がりの陽射しはその強さを徐々に増していた……。





それからしばらくすると、

「こーすけ、ただいまー!」

さざなみ寮全体に美緒の一際元気な声が響いた。
ちょうどその時2階から降りてくるところだった耕介は、美緒の声に少し足を速めて階段を降りて行った。

「よっ、お帰り。美緒」
「こーすけ。ほら、頼まれものちゃんと買って来たよ」

言葉と同時に差し出されるスーパーの袋。

「うぃ、ありがと。ああ、そー言えば恭也くん来てるぞ。今、リビングで……」

耕介がその袋を受け取り、恭也の来訪を伝えると、美緒はその言葉を聞き終える前に靴を脱ぎ捨て、揃えもせず一目散にリビングへと駆けて行った。
そして、その後姿をポカンと見送っていた耕介は、

「……恋ってのはホントに人を変えるものだな」

顔に呆れた様な笑みを浮かべ、感慨深げに一つ大きく頷いていた。



「恭也ー、ただいま―――」

リビングのドアを開け放ちざま、中へ向かって声を掛ける美緒だったが、

「―――って肝心の恭也がいないんじゃ言っても意味ないのだ」

リビング内に恭也の姿が見えないのに気付く。
だが、その居場所はすぐに分かることになる。
なぜなら、美緒が最初に視線を向けた先―――ソファの向こうに恭也の後姿があったから。

「恭也、そんなところにいたんだ」

恭也を見付けた美緒の口元が嬉しそうな笑みの形に綻ぶ。
今は隠されているものの、もし耳や尻尾が出ていたならパタパタと盛大な勢いで動いていることは間違いないだろう。

少しでも早く恭也の傍に。
その気持ちを何とか抑えて、ゆっくりと恭也に近付く美緒だったが、

「……あれ? 恭也、寝てるの……?」

ソファの向こうの更に向こう、縁側に座り込んでいた恭也はガラス戸に背を預け、寝息を立てていた。
その周りには数匹の猫が恭也を囲むように寄り添い、こちらもまた眠っている。

「うぅー……ずるい。恭也の隣はあたしの場所って決まってるのだ。……ほら、おまえたちはどいて」

嫉妬心を全開に、眠っている猫たちを叩き起こす美緒。
猫たちは迷惑そうに起き上がりながらも美緒の命令とあって、取り敢えず恭也の周りから離れていった。

「よしっ。これでオッケーなのだ」

猫たちを退かして作った恭也の隣のスペースに、ニコニコと満面の笑みで腰掛ける美緒。
だが、その表情はすぐに見えなくなり、又も嫉妬心剥き出しの表情に変わっていった。

その原因はというと、周りがこれだけ騒がしいにも関わらず未だ眠りこけている恭也の膝元にあった。
そこにはまるで小さな手毬のように丸まり、気持ち良さそうに眠っている子猫が一匹。
意地悪モードのスイッチが完全に入った美緒は、その子猫も退けてしまおうと手を伸ばしていくが、その手が子猫に届く直前、ピタリとその動きを止めてしまった。

「……どうしよう……? 退けるのはいいけど、今動かすと確実に恭也が起きてしまうのだ」

美緒の言葉通り、膝の上に乗っている子猫を退かすということは恭也を起こしてしまうことに繋がりかねないのだ。
恋人である美緒でさえあまり見る事の出来ない程、恭也の寝顔は貴重なのだからそう簡単に起こしてしまう訳にもいかない。

「でも、だからってこのままじゃ何かこいつに負けてる気がするのだ!」

グッと拳を固め、力説するように言葉を放つ美緒。
だが、その拳もすぐに緩み、今度はその手で頭を抱え考え込み出した。

そして、数十秒の後。
何かを思い付いたのか、突然抱え込んでいた頭を上げると、そそくさと何かを準備し始めた。

「……ここをこうして、……これはこう。…………あとは恭也だけなんだけど、それが一番の問題なのだ。……慎重に慎重に………そーっと、そーっと、…………ふぅ、これで大丈夫かな……?」

一通り作業を終えた美緒は、小さく息をつきながら、ガラス戸にもたれ掛かる。

「えへへ〜、これでこいつにも負けてないよね。…………それにしても恭也の寝顔、すごくかわいいのだ」

恭也の寝顔を見下ろす美緒の顔に、温かく優しげな笑みが浮かびあがる。
それに次いで、なぜか欠伸も。

「フワァ〜…………、何か恭也の寝顔見てたらあたしまで眠くなってきたのだ……」

それでも恭也の寝顔を少しでも長く見ていたい美緒は、何とか起きていようと頑張るが、次第に重くなっていく瞼に抗うことは出来なかった……。



―――そしてその頃。
何時の間にか眠りに落ちていた恭也はというと、今から数年前、まだ自分が幼かった頃の夢を見ていた。



「……全く、美由希はこんな時間まで何してんだ」

商店街を抜け、住宅の密集する区域を足早に駆けながら恭也は呟いた。

事の起こりはほんの僅か前のこと。
学校の授業を終えた恭也が桃子の経営する『翠屋』で手伝いをしていると突然桃子に呼び止められた。
何でも保育園に預けてあるなのはを迎えに行くことになっている美由希が、未だに保育園に現れないとのことである。
保育園からの連絡でそのことを知った桃子。
だが、さすがにお客のいる店を突然閉めるわけにもいかず、こうして恭也に美由希の探索となのはの迎えを指示したのである。

もしかして事故などに遭っているのではないかと心配する桃子を、恭也はそんな事は絶対にないと落ち着かせ店を後にした。
恭也が桃子に『絶対にない』とまではっきりと言ったその理由。
簡単に言ってしまえば、美由希の居場所に心当たりがあったから。
その場所は、翠屋のある商店街を抜けて、住宅街を少し行ったところにある児童公園。
以前に美由希がその公園で出来た新しい友達のことを嬉しそうに話していたのを恭也は覚えていたのである。

そして、それとは別に隠れた理由がもう一つ。
曲がりなりにも自分が育てている弟子が車に轢かれるだの、誘拐にあうだのそんなことが起こる事はないだろうとの考えからだった。
そんな柔な鍛え方はしていない―――結局のところ、恭也も言葉には出さないもののある程度美由希を信頼しているのである。
それでも、僅かに残る不安な気持ちが完全に拭い去られる訳ではなかった。
何事にも万が一ということは有り得る訳である。
桃子に心配ない、落ち着いて、と言った恭也自身が落ち着きを得られずに街中を駆けている、その事実が恭也の心に残る不安な気持ちを表していた。

視界に映る空の茜は、その色を急激に濃くしている。
後数分もしない内に辺りは闇色に染まり始め、三十分も経てば完全に染まってしまうであろう。

翠屋を出て、ほぼ全力で駆けていた恭也が児童公園に着いたのはそんな頃だった。
公園に着いた恭也は、入り口付近で息を整えながら中の様子を窺う。
美由希の姿はすぐに見つかった。
公園の中央に立つ木に美由希は寄りかかる様に顔を伏せていた。
どうやら、かくれんぼでもしているようである。

「美由希!」

恭也はその場で大きく叫ぶと、ゆっくりと美由希へ近付いていく。

「……恭ちゃん?」

突如聞えた恭也の声を不思議に思いながらも顔を上げた美由希は、その姿を見とめると恭也へ近付いていく。

「どうしたの、恭ちゃん?」
「どうしたの、じゃないだろ。……今日はおまえがなのはを迎えに行く日だろ」
「……えっ!?……あれ? そうだったっけ……」
「保育園から電話があってかーさんも心配してる。おまえが事故か何かに遭ったんじゃないかって」
「……あうー。ごめんなさい」
「俺に謝ってもしかたないだろ。家に帰ったらちゃんとかーさんに謝ること。……いいな?」
「うん……」
「それじゃ、行くぞ。……まだ、なのはも迎えに行かなくちゃいけないからな。あまり遅くなると余計にかーさんも心配するだろうし」
「あっ、ちょっと待って恭ちゃん」

言うが早いか、公園の出口へ向かって歩き出した恭也を呼び止めると美由希は奥へ向かって歩いて行く。

「美緒ちゃーん、ゆっこちゃーん、望ちゃーん、ごめんねー。わたし、もう帰らなきゃいけないのー」

中央付近まで歩いていった美由希が大声で呼び掛けると、遊具の影や茂みの中、果ては公園を囲う様に立つ木の上から、計三人の少女が現れた。

「どーしたの、美由希ちゃん? 何かあったの?」
「えっとね。実は、………………………………で、………………………………っていう訳なの。だからもう帰らなきゃ……ごめんね」
「……それじゃ仕方ないのだ。みゆきち、また今度一緒に遊ぶのだ」
「うんっ! またね、美緒ちゃん。ゆっこちゃんと望ちゃんもまた遊ぼうね」
「うん、またね。美由希ちゃん」
「また一緒に遊ぼうね。美由希ちゃん」

「美由希ー! 早くしろ、もう行くぞ」

名残惜しげに手を振り返していた美由希に、少し離れた所で待っていた恭也は声を掛けると、すぐさま振り向き歩いていってしまう。

「あっ、待ってよ。恭ちゃん」

最後にもう一度だけ手を振り返すと、慌てて恭也の後を追いかける美由希。

「恭ちゃん、待ってって言ってるのにー」
「すぐに来ないおまえが―――」

―――悪いんだろ。
立ち止まり振り返りざま、そう言い掛けた恭也の言葉は声となって出てくることはなかった。

言葉の途中で鳴り響いた、涼やかな澄んだ鈴の音。
それに恭也の意識と視線は惹かれ、捕らわれてしまっていたから。

恭也の耳にだけ届いたその鈴の音は恭也の移した視線の先、自分と同じく黒尽くめの格好をした少女から聞えてきていた。
少女が駆けるたび、鈴の音は強く響き、少女が遠ざかっていくたび、小さく遠くなっていく。

「恭ちゃん、どうしたの?」
「……ん? いや、何でもない」

その鈴の音色に惹かれ、少女の姿を追っていた恭也は美由希の声に静かに視線を戻すと、共に公園を後にした……。



そして、その鈴の音は猫たちに囲まれて眠りに就いていた恭也の耳にも確かな音となって届いていた。

……チリン。……チリン。
そのどこか懐かしさを感じさせる小さな鈴の音が、眠りに落ちていた恭也を目覚めへと導いていく。

―――そして、

「…………美緒?」

ゆっくりと開けたその目に映って来たのは、愛しの恋人の寝顔。
幸せそうな表情で安らかに眠る美緒のその姿に、恭也は普段滅多に見せないような柔らかな笑みを浮かべる。
だが、そこでふと気付く。
美緒の顔が自分の正面にあるという、不思議な事態に。

(……取り敢えず起きて見れば分かることか)

恭也はそう考え上半身を起こそうとするが、その時不意に腹の上に感じた重みに視線を移すと、すぐにその考えを改める。
視線を移したその先。
そこには、小さなその体を更に小さく丸め、気持ち良さそうに眠り込んでいる一匹の子猫の姿があった。

(これではさすがに起き上がる訳にもいかないな……)

仕方無しに起き上がることを諦めた恭也は、少し浮かせていた頭をゆっくりと下ろしていく。
―――が、後頭部に触れたのは予想していた固い感触ではなく、程よく柔らかく温かい、不思議な感触。
これにはさしもの恭也も感付いたのか、驚きの表情と共にその頬が仄かに紅く染まる。

(……こんなところをもし真雪さんやリスティさんに見付かったらどうなることか……)

あの二人に関わり起こった数々の災難が頭の中を過ぎり、一瞬美緒を起こしてしまおうかと考える恭也だったが、再度その寝顔を目に映した時、その考えは全て消え去ってしまった。
楽しい夢でも見ているのか、先程と変わらず幸せそうな表情で眠る美緒に、恭也がそんなことを出来るはずもなかった。

だからこそ恭也に出来たのは、恋人としてその幸せを分かち合い、静かにゆっくりと目を閉じること。
ただ、それだけだった……。